Brand Story
二人の出会い。
2005年、デンマーク・オールボー大学で、JasperとChristianは出会った。工学とデザインを学ぶ二人の学生として始まった関係は、やがて深い創造的パートナーシップへと育っていった。コペンハーゲンのデンマーク王立芸術アカデミーで家具・空間デザインの修士号を取得した2011年まで、学びの場はそのまま実験の場だった。素材を知り、技術を探り、互いのスキルを磨いた。その年月が、後のO&Dの礎となった。
黄金時代の後に。
H.J.ウェグナー、フィン・ユール、ポール・ケアホルム。デンマーク家具の黄金時代は1970年以前に花開いた。彼らは職人と対話し、素材を自らの手で知り、妥協を拒んだ。その姿勢が、時代を超える椅子を生んだ。
しかし黄金時代の後、デンマークのデザインは変わった。大手ブランドのロイヤリティに依存することが当たり前となり、デザイナーはブランドの要求に縛られるようになった。求められたのは「隣の家に似た」製品だった。自らリスクを取り、信念のために作るという姿勢は、いつしか失われていった。真に記憶に残る作品はほとんど生まれなくなった。
JasperとChristianは、その時代に教育を受けた。そしてその現実に、静かに抗った。
妥協しないという決断。
学生時代から温めてきたワイヤーチェアのコンセプトに、あるデンマークのブランドが興味を示した。しかし彼らが求めたのは、既存の生産体制に合わせた簡略化だった。中国から届いたプロトタイプを見たとき、答えは明確だった。
自分たちで作るしかない。
Christianは鍛冶職人として訓練を積んでいた。鉄鋼を扱うことは体に染み込んでいた。最初の300脚は、Christianが姉の鶏小屋で金属加工を、Jasperが幼い頃の寝室に作った小さな革工房でレザー加工を担った。資金も設備も最小限だった。しかし妥協だけはしなかった。2013年、OVERGAARD & DYRMANが設立された。
馬具づくりから学んだこと。
レザーの使い方は、探求の末の発見だった。最初のプロトタイプはファブリックとフォームで作られていた。しかしそれでは求める質感が出なかった。試行錯誤の末に辿り着いたのが、馬具づくりだった。
サドルは安定した形を保ちながら、乗り手に快適さを提供する。そして馬にしっかりと固定されなければならない。ワイヤーフレームが「馬」であり、座面が「サドル」だった。革のストラップは、二つの素材が出会う場所に生まれた。それがそのまま、この椅子の背骨になった。
伝統的な馬具づくりと、熟練した職人によって丁寧に溶接されたCNCベントのスチールロッド。過去の技法への深い敬意と、この時代にしか生まれえない工法が、一脚の椅子の中で出会った。
100年後のために。
O&Dが最も尊敬するデザイナーはペーダー・モースだ。国際的な知名度は高くないが、目利きの間では別格の存在として知られている。彼は顧客を喜ばせるためではなく、自らの信念のために作り続けた。妥協を拒み、できる限り最高のものを作る。買うかどうかは顧客が決める。
その姿勢に、O&Dは自分たちを重ねる。
「100年後に誰かが私たちの家具を見て、彼らは本当によく考え抜いていた、と思ってくれること。それが私たちの目指すところだ。」— Jasper Overgaard
すべての要素が徹底的に考え抜かれたとき、機能的な決断は美しいディテールになる。O&Dの家具にディテールが多いのは、装飾のためではない。それは思考の痕跡だ。
進化し続けること。
Wire Collectionから始まり、Circle Collection、そして2025年のAmphi Coffee Tableへ。素材が変わり、形が変わっても、問い続ける姿勢は変わらない。
すべての新作は「100年後に誰かが見て、よく考え抜いていた」と思わせるための、新たな挑戦だ。
デンマークから、日本へ。
O&Dの家具が目指す感覚は、言葉にしにくい。しかしJasperはこう語る。「その感覚を、日本文化の中に繰り返し見出す。思慮深く作られたもの、職人技への深い敬意、美しさの中に宿る思想——それは私たちが家具で表現しようとしていることと、深いところで重なっている。」
2015年、その共鳴を確信した一人の日本人が単身デンマークへ渡った。その年、O&Dは日本に届けられることになった。